糖質制限は危険?

私の師匠であります黒岩共一先生とトリガーポイント研究会でお会いした際に妙に痩せてるなと思ったら、糖質制限ダイエットというのを少し前からしていたそうです。先生は学校関係者が妙に痩せてるな(癌かな?)と思ってたら実は糖質制限をしていると聞いて、その成果に驚いて始められたそうです。で、実際かなり痩せられています。体調もいいようで、今ではどうも若返ったような様子です。
そんな先生の様子を見て、同じくトリガーポイント研究会の同期も始め、1ヶ月で10キロほど痩せました。彼はなんだか小さくなりましたよ!へえ。
というわけで、私も3食とも糖質制限食にしてみました。自分の好きなもの、甘いものや麺類、粉モン等々食べられませんので、やはりかなり制限がある感じはします。でも、月曜日から5日目にして3キロほど減り、腹がちょっとへこんでます。ここまで減るとうれしくて、やはり2週間はしたいなと考え中。妻がご飯作るの大変だと思うんですけど、いろいろ工夫して作ってくれており、感謝です。

さて、糖質制限食のどうも言い出しっぺである江部先生の本を読んで始めたわけですが、今回ブログなどもされていることに気づきました。糖質制限が危険であるという記事をネットで読みちょっと検索をかけてみたら当然のことですが、しっかり引っかかってきたのです。
高雄病院というのはどこかで聞いたことがあると思ったら断食する病院だったんですね。断食導入にあたっても、江部先生が牽引役になっていたようです。その後、2002年に自らが糖尿病になってから糖質制限食にたどり着いたと言うことです。
2012/1/16のブログに“第15回日本病態栄養学会年次学術集会(国立京都国際会館)「糖尿病治療に低炭水化物食は是か?非か?」”でディベートhttp://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-1946.html と有りますように、それから10年、なかなか医学界での全面支持は難しいようですが、無視できないレベルに浸透してきてます。
2012/5/19には第55回日本糖尿病学会年次学術集会のDebate to Consensus 5で、糖質制限食が糖尿病食事療法の選択肢の一つとしてコンセンサスが得られたけれども、糖質130g/日の緩やかな糖質制限食であって、糖質130g/日未満のスーパー糖質制限食に関してはまだ認められたとは言えないと、一応喜びながら書いています。スーパーのコンセンサスが得られない理由は…

多くの医師において、血中ケトン体のことが未解決の問題であるためと思います。
生理的ケトン体上昇と病理的ケトン体上昇は、全く異なるものであり、生理的ケトン体上昇に関しては安全性が確立していることを、今後医学雑誌や、医師向け講演会でどんどん情報発信していこうと思います。
生理的ケトン体上昇の安全性を多くの医師が理解すれば必然的にスーパー糖質制限食の安全性も認められると考えています。

と書いておられます。でも状況が徐々によくなって理解が広がってると思いきや、6月の英国医学雑誌に「低炭水化物」食で、心血管疾患のリスク上昇するという趣旨の論文がでました。https://aspara.asahi.com/blog/medicalreport/entry/P30bUYN5ze
そして2012/7/26の読売新聞「医療ルネサンス」コーナーで「食と健康(3)糖質制限食に賛否両論」という記事が出ました。26日の医療ルネサンスはネット上では読めなかったのですが(有料配信)、翌日の朝刊にも以下のような記事を出しています。なぜか読売、力が入ってます(^^;)  以下27日の記事です。

讀賣新聞 2012年7月27日朝刊 社会面
極端な糖質制限健康被害の恐れ 日本糖尿病学会が警鐘

主食を控える「糖質制限食(低炭水化物食)」について、日本糖尿病学会は26日、「極端な糖質制限は健康被害をもたらす危険がある」との見解を示した。糖質制限食は、糖尿病の治療やダイエット目的で国内でも急速に広まっている。
同学会の門脇孝理事長(東大病院長)は読売新聞の取材に対し、「炭水化物を総摂取カロリーの40%未満に抑える極端な糖質制限は、脂質やたんぱく 質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的には腎症、心筋梗塞脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」と指摘。 「現在一部で広まっている糖質制限は、糖尿病や合併症の重症度によっては生命の危険さえあり、勧められない」と注意した。
一方、同学会では糖尿病の食事療法として、炭水化物を総摂取カロリーの50〜60%にするカロリー制限食を勧めているが、この割合一を個々の患者の病態に合わせ、さらに減らせるかどうか検討を始める。

早速に江部先生は2日連続で反応しています。以下二日分、重複部分だけ端折って。

2012/07/26

2012年7月26日の読売新聞・医療ルネサンスに糖質制限食に賛否両論という記事が載り、加藤浩樹さんから、コメントをいただきました。加藤さん、情報をありがとうございます。

ルネサンスの記事ですが、最初に糖質制限食でHbA1cが、8.3%→5.8%に下がった、東京・新橋の糖質制限食専門の中華料理店「梅花」の経営者の梅橋さんの成功体験が紹介されています。

ここまではいいのですが、そのあと、

#1 ケトン体が増えすぎる危険な状態に陥った報告がある。
#2 死亡率、脳卒中心筋梗塞の危険性が高まったという長期の追跡調査がある。

という文章が記載されていて、糖質制限食を実践している人には不安を与える内容です。

#2に関しては、加藤さんが指摘された「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」論文のことと考えられます。

2012年7月13日 (金)の本ブログ記事

「低糖質・高蛋白質で心血管イベントが上昇!?という論文へ専門家の批判」

2012年7月3日(火)の本ブログ記事

「低糖質・高蛋白質摂取で心血管イベントが上昇!?という論文を検討」

で述べましたように、大変信頼度の低い論文です。

・食事の調査を最初の一度しかしていないまま15年間追跡。
・調査方法が「自己申告」である。正しく申告されないケースが多々あることは分かりきっている。
・質問事項が、食べた食物の項目で答えるタイプで、炭水化物(糖質)量など各栄養素の算出方法が明確でない。
・塩分摂取量での調節がなされていない。
・心臓病リスクとなりうる他の要因(投薬・塩分摂取・喫煙・肥満など)について触れていない。
・挙げられている証拠が、結論を支持していない。
・主張されている相関関係がごく小さい。
・スコアリングシステムが間違っている。

このように「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」の公式サイトに、この論文に対する各国の専門家からの批判が相次いでいます。

ここまで批判意見ばかりで、賛成意見がない論文はさすがに珍しいと思います。

それぐらい信頼度が低いので、本来「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」には載せてはいけない、低レベルの論文と言えます。

#2に関しては、2012年07月19日 (木) の本ブログ記事

「糖尿病食事療法の短期効果と長期安全性、シンプルだけどこわい話?」

もご参照ください。

食後高血糖と血糖変動幅に対する短期的効果が、壊滅的に悪い「カロリー制限食」の長期的効果が良くなる可能性は、理論上あり得ないということです。

食後高血糖と血糖変動幅に対する短期的効果は「糖質制限食」なら、著明な改善があります。少なくとも高血糖による長期的動脈硬化のリスクに関しては糖質制限食ではほとんどないと言えます。

2012/7/27

#2に関しては、信頼度の低い論文報告であることを、昨日記事にしました。

#1ですが、全世界で2例、アトキンスダイエット(糖質制限食)中の肥満女性がケトアシドーシスになったという報告(ニューイングランド・ジャーナルとランセット)があり、(☆)(☆☆)それを心配される医師もおられます。

ごもっともとは思いますが、まず言えることは、全世界でアトキンスダイエット(スーパー糖質制限食)を実践した人は、少なくとも数十万人以上はいるので、この2例は非常にまれな特殊例ということができます。

論文を読むと2例とも、アトキンスダイエットで生理的ケトーシスがあった人が、たまたま胃腸疾患で嘔吐を数日繰り返して食事摂取もできず、脱水となり、脱水のためにアシドーシスが生じたと考えられます。いずれも短期間で回復しています。

すなわち、ことの本質は「嘔吐と食事摂取不能による脱水が原因のアシドーシス」であり、アトキンスダイエットは直接の関係はないと私は考察しました。

言い換えると、生理的ケトーシスがあって元気だった人に、「嘔吐・食事摂取不能→脱水→脱水によるアシドーシス」が加わって、結果としてケトアシドーシスを生じたということです。

例えば、江部康二は血中ケトン体値が1000μM/L(26〜122)くらいあって、生理的ケトーシスですが正常で元気です。

もし私が一人で山に登って滑落して足を骨折して動けなくなり、水も飲めない状態になれば、数日で脱水によるアシドーシスになります。

この時発見されて入院すれば、初日はケトアシシドーシスということで、主治医は、重症で危険な状態と大騒ぎすることになるでしょう。

入院して生理的食塩水の点滴で脱水を補正すれば、ものの半日でアシドーシスはすぐに良くなり、元気回復です。

生理的ケトーシスは残りますが、もとの状態にもどるだけなので正常です。

ニューイングランド・ジャーナルとランセットの2例も、あくまでも私見ですが、同様に考えれば理解しやすいです。

一方、糖質の摂取によってのみ発症するペットボトル症候群(糖尿病ケトアシドーシス)(☆☆☆)は、1992年に聖マリアンナ医科大学の研究グループが初めて報告した病態です。正式には清涼飲料水ケトーシスといいます。

大量の液体の糖質を摂取することが、ペットボトル症候群の元凶です。即ち、糖質大量摂取以外には起こりえない病態ですが、今でも時々見かけます。

清涼飲料水ケトーシスの特徴
?清涼飲料水を大量に摂取する(一日平均約2リットル)
?青年期から中年にかけての男性に多い
?発症時に肥満があるが肥満歴を有する人が大半
?血縁者に糖尿病患者がいるケースが半分以上
?患者に病識がないか乏しい

液体糖質摂取によるペットボトル症候群(糖尿病ケトアシドーシス)は、日本だけでも少なくとも過去、数千人以上は報告されていて、中には死亡例もあります。

ペットボトル症候群は、決してまれな病気ではなく、日常診療で遭遇する病気です。

そしてその元凶は糖質の摂取であり、タンパク質・脂質は無関係です。

これらの事実に基づけば、「糖質制限食」と「高糖質食」のどちらが危険なのか、冷静に考えれば明らかですね。


江部康二


(☆)
Ketoacidosis during a Low-Carbohydrate Diet. N Engl J Med 2006; 354:97-98

(☆☆)
A life-threatening complication of Atkins diet
Lancet 2006;367:958

(☆☆☆)
ペットボトル症候群(糖尿病ケトアシドーシス

ペットボトルを持ち歩いたりして、清涼飲料水を1日2〜3リットル毎日飲み続ける人がいます。

もともと糖尿病の素因を持っていたり、軽度の糖尿病の人がこのように吸収されやすい糖質を多量に摂取していると、飲む度に血糖値が上昇してインスリンが追加分泌されるのですが、ついにはインスリンの供給が追いつかなくなり血糖値が高くなります。

一旦血糖値が高くなると糖毒*状態となります。それが続けば、糖尿病性ケトアシドーシスという危険な状態になり、ものの1〜2週間で意識の混濁や昏睡に陥るケースもあります。

この様なときは、緊急入院して点滴で脱水を補正し、インスリン注射を一日3回して、血糖値をコントロールします。

コントロールできれば糖毒状態は急速に改善し、インスリン分泌能力も回復することがほとんどです。

*糖毒
? 高血糖の持続→膵臓のランゲルハンス島のβ細胞にダメージ→インスリン分泌低下
? 高血糖の持続→細胞レベルでのインスリン抵抗性増大

高血糖があると?と?が体内で生じます。インスリン分泌低下と抵抗性増大が生じれば、ますます高血糖となります。

≪高血糖の持続→インスリン分泌低下とインスリン抵抗性増大→高血糖の持続→≫

この悪循環パターンを、臨床的には「糖毒」 と呼びます。

糖毒の元凶は糖質摂取であり、タンパク質・脂質は無関係です。

なぜ、高血糖自体がインスリン分泌を低下させるのか、インスリン抵抗性を増大させるのか、最先端の研究で調べられてはいるのですが、はっきり言ってまだよくわからないのが現状です。

そんなわけで、どういう結論になるのか、心配なところも有ります。体調に注意して進め、「スーパー」はとりあえず最長でも2週間でやめる予定です(当初からの予定通りですが)。

7/28トラックバック頂いた先から情報を得て英国医学誌の解説リンクなど加筆しました。